あなたには必ず両親が存在します。
ご両親が離婚している場合や、ご両親と死別されている場合には、もしかするとあなたは、ご両親の顔を知らないかもしれません。しかしながら、あなたがこの世に存在するということは、あなたには必ず両親がいます。そして、あなたの両親にもまた両親が存在します。つまり、あなたの祖父母にあたります。そしてまた、あなたの祖父母にも両親が存在します。
考えたことないですか。
自分の先祖をたどっていくと誰に行きつくのかを。
聖書はこの疑問に対して明確な答えを私たちに与えてくれます。その答えとは「アダムとエバ」です。この世界に存在する全ての人間は、突き詰めれば共通の祖先「アダムとエバ」を持っています。人類とは、アダムとエバから生じた民族であるのです。この世界の始まりのとき、神様は始祖「アダムとエバ」をおつくりになられました。それは旧約聖書の創世記に詳しく書かれています。少し見てみましょう。
旧約聖書創世記1章
はじめに神が天と地を創造された。地は茫漠として何もなく、闇が大水の面の上にあり、神の霊がその水の面を動いていた。
神は仰せられた。「光、あれ。」すると光があった。神は光を良しと見られた。神は光と闇を分けられた。神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた。夕があり、朝があった。第一日。
神は仰せられた。「大空よ、水の真っただ中にあれ。水と水の間を分けるものとなれ。」神は大空を造り、大空の下にある水と大空の上にある水を分けられた。すると、そのようになった。神は大空を天と名づけられた。夕があり、朝があった。第二日。
神は仰せられた。「天の下の水は一つの所に集まれ。乾いた所が現れよ。」すると、そのようになった。神は乾いた所を地と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神はそれを良しと見られた。
神は仰せられた。「地は植物を、種のできる草や、種の入った実を結ぶ果樹を、種類ごとに地の上に芽生えさせよ。」すると、そのようになった。地は植物を、すなわち、種のできる草を種類ごとに、また種の入った実を結ぶ木を種類ごとに生じさせた。神はそれを良しと見られた。
夕があり、朝があった。第三日。
神は仰せられた。「光る物が天の大空にあれ。昼と夜を分けよ。定められた時々のため、日と年のためのしるしとなれ。また天の大空で光る物となり、地の上を照らすようになれ。」すると、そのようになった。
神は二つの大きな光る物を造られた。大きいほうの光る物には昼を治めさせ、小さいほうの光る物には夜を治めさせた。また星も造られた。
神はそれらを天の大空に置き、地の上を照らさせ、また昼と夜を治めさせ、光と闇を分けるようにされた。神はそれを良しと見られた。
夕があり、朝があった。第四日。
神は仰せられた。「水には生き物が群がれ。鳥は地の上、天の大空を飛べ。」神は、海の巨獣と、水に群がりうごめくすべての生き物を種類ごとに、また翼のあるすべての鳥を種類ごとに創造された。神はそれを良しと見られた。神はそれらを祝福して、「生めよ。増えよ。海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ」と仰せられた。
夕があり、朝があった。第五日。
神は仰せられた。「地は生き物を種類ごとに、家畜や、這うもの、地の獣を種類ごとに生じよ。」すると、そのようになった。神は、地の獣を種類ごとに、家畜を種類ごとに、地面を這うすべてのものを種類ごとに造られた。神はそれを良しと見られた。
神は仰せられた。「さあ、人をわれわれのかたちとして、われわれの似姿に造ろう。こうして彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地の上を這うすべてのものを支配するようにしよう。」神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。神は彼らを祝福された。神は彼らに仰せられた。「生めよ。増えよ。地に満ちよ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地の上を這うすべての生き物を支配せよ。」
神は仰せられた。「見よ。わたしは、地の全面にある、種のできるすべての草と、種の入った実のあるすべての木を、今あなたがたに与える。あなたがたにとってそれは食物となる。また、生きるいのちのある、地のすべての獣、空のすべての鳥、地の上を這うすべてのもののために、すべての緑の草を食物として与える。」すると、そのようになった。神はご自分が造ったすべてのものを見られた。見よ、それは非常に良かった。夕があり、朝があった。第六日。
旧約聖書創世記2章
こうして天と地とその万象が完成した。神は第七日に、なさっていたわざを完成し、第七日に、なさっていたすべてのわざをやめられた。神は第七日を祝福し、この日を聖なるものとされた。その日に神が、なさっていたすべての創造のわざをやめられたからである。これは、天と地が創造されたときの経緯である。神である主が、地と天を造られたときのこと。地にはまだ、野の灌木もなく、野の草も生えていなかった。神である主が、地の上に雨を降らせていなかったからである。また、大地を耕す人もまだいなかった。ただ、豊かな水が地から湧き上がり、大地の全面を潤していた。神である主は、その大地のちりで人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。それで人は生きるものとなった。神である主は東の方のエデンに園を設け、そこにご自分が形造った人を置かれた。神である主は、その土地に、見るからに好ましく、食べるのに良いすべての木を、そして、園の中央にいのちの木を、また善悪の知識の木を生えさせた。
一つの川がエデンから湧き出て、園を潤していた。それは園から分かれて、四つの源流となっていた。第一のものの名はピション。それはハビラの全土を巡って流れていた。そこには金があった。その地の金は良質で、そこにはベドラハとショハム石もあった。第二の川の名はギホン。それはクシュの全土を巡って流れていた。第三の川の名はティグリス。それはアッシュルの東を流れていた。第四の川、それはユーフラテスである。
神である主は人を連れて来て、エデンの園に置き、そこを耕させ、また守らせた。神である主は人に命じられた。「あなたは園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木からは、食べてはならない。その木から食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」
また、神である主は言われた。「人がひとりでいるのは良くない。わたしは人のために、ふさわしい助け手を造ろう。」神である主は、その土地の土で、あらゆる野の獣とあらゆる空の鳥を形造って、人のところに連れて来られた。人がそれを何と呼ぶかをご覧になるためであった。人がそれを呼ぶと、何であれ、それがその生き物の名となった。人はすべての家畜、空の鳥、すべての野の獣に名をつけた。しかし、アダムには、ふさわしい助け手が見つからなかった。神である主は、深い眠りを人に下された。それで、人は眠った。主は彼のあばら骨の一つを取り、そのところを肉でふさがれた。神である主は、人から取ったあばら骨を一人の女に造り上げ、人のところに連れて来られた。人は言った。「これこそ、ついに私の骨からの骨、私の肉からの肉。これを女と名づけよう。男から取られたのだから。」
それゆえ、男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのである。そのとき、人とその妻はふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。
この世界の始まりのとき、神様は6日間かけて天地の全てを創造され、7
日目にお休みされました。この天地創造の6日間に我らが始祖「アダムとエバ」も創造されました。アダムとエバによって多くの子供が生まれ、子孫が繁栄し、増え広がり、現代に至ります。今では世界中の至る所に人間は存在します。たった二人の人物から、ここまで多くの民族へと発展したのです。世界中には多くの人種、国籍の方がいらっしゃいますが、突き詰めていけば、世界中の全ての人は一つの民族であると考えることができます。事実上、現代のような様々な民族へと人間が別れたのは「バベルの塔」事件がきっかけです。
旧約聖書創世記11章1-9節
さて、全地は一つの話しことば、一つの共通のことばであった。人々が東の方へ移動したとき、彼らはシンアルの地に平地を見つけて、そこに住んだ。彼らは互いに言った。「さあ、れんがを作って、よく焼こう。」彼らは石の代わりにれんがを、漆喰の代わりに瀝青を用いた。彼らは言った。「さあ、われわれは自分たちのために、町と、頂が天に届く塔を建てて、名をあげよう。われわれが地の全面に散らされるといけないから。」そのとき主は、人間が建てた町と塔を見るために降りて来られた。主は言われた。「見よ。彼らは一つの民で、みな同じ話しことばを持っている。このようなことをし始めたのなら、今や、彼らがしようと企てることで、不可能なことは何もない。さあ、降りて行って、そこで彼らのことばを混乱させ、互いの話しことばが通じないようにしよう。」主が彼らをそこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。それゆえ、その町の名はバベルと呼ばれた。そこで主が全地の話しことばを混乱させ、そこから主が人々を地の全面に散らされたからである。
初め、世界中の人々は同じ言語を話していました。これにより、多くの人々が一致団結し、神に敵対するために「バベルの塔」を建設しました。これを目にした神様は、人間が団結してご自分に敵対することがないように、人間の言語を細分化し、世界中に人々を散らされました。この事件により、世界中には多くの民族が起こされました。世界中の人々が多くの民族へ別れることになった根本的原因は「罪」です。我らが始祖「アダムとエバ」は天地創造の初めの時に罪を犯しました。これにより、人間に罪が入り込み、その罪は代々、子孫に受け継がれてきました。アダムとエバが犯した初めの罪を「原罪」と呼びます。
旧約聖書創世記3章
さて蛇は、神である主が造られた野の生き物のうちで、ほかのどれよりも賢かった。蛇は女に言った。「園の木のどれからも食べてはならないと、神は本当に言われたのですか。」女は蛇に言った。「私たちは園の木の実を食べてもよいのです。しかし、園の中央にある木の実については、『あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ』と神は仰せられました。」すると、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。それを食べるそのとき、目が開かれて、あなたがたが神のようになって善悪を知る者となることを、神は知っているのです。」そこで、女が見ると、その木は食べるのに良さそうで、目に慕わしく、またその木は賢くしてくれそうで好ましかった。それで、女はその実を取って食べ、ともにいた夫にも与えたので、夫も食べた。こうして、ふたりの目は開かれ、自分たちが裸であることを知った。そこで彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちのために腰の覆いを作った。
そよ風の吹くころ、彼らは、神である主が園を歩き回られる音を聞いた。それで人とその妻は、神である主の御顔を避けて、園の木の間に身を隠した。神である主は、人に呼びかけ、彼に言われた。「あなたはどこにいるのか。」彼は言った。「私は、あなたの足音を園の中で聞いたので、自分が裸であるのを恐れて、身を隠しています。」主は言われた。「あなたが裸であることを、だれがあなたに告げたのか。あなたは、食べてはならない、とわたしが命じた木から食べたのか。」人は言った。「私のそばにいるようにとあなたが与えてくださったこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです。」神である主は女に言われた。「あなたは何ということをしたのか。」女は言った。「蛇が私を惑わしたのです。それで私は食べました。」
神である主は蛇に言われた。「おまえは、このようなことをしたので、どんな家畜よりも、どんな野の生き物よりものろわれる。おまえは腹這いで動き回り、一生、ちりを食べることになる。わたしは敵意を、おまえと女の間に、おまえの子孫と女の子孫の間に置く。彼はおまえの頭を打ち、おまえは彼のかかとを打つ。」女にはこう言われた。「わたしは、あなたの苦しみとうめきを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。また、あなたは夫を恋い慕うが、彼はあなたを支配することになる。」また、人に言われた。「あなたが妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、大地は、あなたのゆえにのろわれる。あなたは一生の間、苦しんでそこから食を得ることになる。大地は、あなたに対して茨とあざみを生えさせ、あなたは野の草を食べる。あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついにはその大地に帰る。あなたはそこから取られたのだから。あなたは土のちりだから、土のちりに帰るのだ。」
人は妻の名をエバと呼んだ。彼女が、生きるものすべての母だからであった。神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作って彼らに着せられた。
神である主はこう言われた。「見よ。人はわれわれのうちのひとりのようになり、善悪を知るようになった。今、人がその手を伸ばして、いのちの木からも取って食べ、永遠に生きることがないようにしよう。」神である主は、人をエデンの園から追い出し、人が自分が取り出された大地を耕すようにされた。こうして神は人を追放し、いのちの木への道を守るために、ケルビムと、輪を描いて回る炎の剣をエデンの園の東に置かれた。
アダムとエバは悪魔である蛇に誘惑され、神の掟を破るという罪を犯しました。これにより、アダムとエバは神様によってエデンの園から追放されてしまいました。この原罪によって人間の中に罪が入り込み、その罪は着々と子孫へ受け継がれていきました。神から離れ、自分の好き勝手に生活したいという自己中心的な考えこそ、罪の本質です。だからこそ人々は神様に敵対し、バベルの塔を築いたのでした。ここまできて、おそらくあなたは薄々気が付いたのではないでしょうか。アダムとエバから人間に入った罪は「あなた」にも受け継がれているということに。
聖書はこの世界に存在する全ての人間は罪人であると言います。つまり、まぎれもなく、あなたも罪人であるのです。罪があればどうなるのか?罪の報酬は死です。罪人は死んだあと地獄へ落ちる運命にあります。しかしながら、人間は自分自身の力によって罪を取り除くことができません。だからこそ、神様は愛する一人子イエス・キリストを地上にお遣わしになり、イエス・キリストを人間の罪に対する生け贄として十字架の上にお捧げになりました。十字架刑に処されたイエスは死に、墓に葬れら、そして三日目に復活されました。神の一人子イエス・キリストの十字架の死と復活の故に人間の罪が完璧に赦され、永遠の天国への道が開かれました。イエス・キリストを信仰する者は、罪が赦され、永遠の天国へと入ることができます。これは創世記3章で言われた神様の御言葉の通りでした。創世記3章14,15節を見てください。
旧約聖書創世記3章14,15節
神である主は蛇に言われた。
「おまえは、このようなことをしたので、
どんな家畜よりも、
どんな野の生き物よりものろわれる。
おまえは腹這いで動き回り、
一生、ちりを食べることになる。
わたしは敵意を、おまえと女の間に、
おまえの子孫と女の子孫の間に置く。
彼はおまえの頭を打ち、
おまえは彼のかかとを打つ。」
「彼はおまえの頭を打ち」の「彼」というのがイエス・キリストです。イエス・キリストは女(エバ)の子孫として、 人間の姿でこの世に生まれ、悪魔を通して人間に入った罪を処罰されたのです。悪魔は人間が滅びて地獄へ行くことを願っていますが、女の子孫であるイエス・キリストがその思惑を打ち壊されたのです。イエス・キリストは「アダムとエバ」の子孫です。下記の家系図を見てください。
新約聖書ルカの福音書3章23-38節
イエスは、働きを始められたとき、およそ三十歳で、ヨセフの子と考えられていた。ヨセフはエリの子で、さかのぼると、
マタテ、レビ、メルキ、ヤンナイ、ヨセフ、
マタティア、アモス、ナホム、エスリ、ナガイ、
マハテ、マタティア、シメイ、ヨセク、ヨダ、
ヨハナン、レサ、ゼルバベル、シェアルティエル、ネリ、
メルキ、アディ、コサム、エルマダム、エル、
ヨシュア、エリエゼル、ヨリム、マタテ、レビ、
シメオン、ユダ、ヨセフ、ヨナム、エルヤキム、
メレア、メンナ、マタタ、ナタン、ダビデ、
エッサイ、オベデ、ボアズ、サラ、ナフション、
アミナダブ、アデミン、アルニ、ヘツロン、ペレツ、ユダ、
ヤコブ、イサク、アブラハム、テラ、ナホル、
セルグ、レウ、ペレグ、エベル、シェラ、
ケナン、アルパクシャデ、セム、ノア、レメク、
メトシェラ、エノク、ヤレデ、マハラルエル、ケナン、
エノシュ、セツ、アダム、そして神に至る。
イエス・キリストの家系図をさかのぼるとアダムへ行きつくことがわかります。まぎれもなく、イエス・キリストは「アダムとエバ」の子孫なのです。女の子孫であるイエス・キリストが、神様の御言葉通り、悪魔の悪巧みを木っ端みじんに打ち砕かれたのです。
あなたは今日、自分がアダムとエバの子孫であり、自分は罪人であり、地獄へ落ちる運命にあることを知りました。このままでは、あなたは滅びることになります。しかし、イエス・キリストがあなたの為に、ご自分の命を捧げてくださったことにより、あなたの罪が赦される道が開かれました。こんなにありがたい話は他にありません。是非、イエス・キリストを信仰してください!そうすれば、あなたの罪は赦され、永遠の天国が与えられます!なんと幸いなことでしょう!!
神様の計画は本当に深淵であり、人間の考えをはるかに超えています。アダムとエバが罪を犯した後すぐにイエス・キリストによる救済をプランされたのですから。神様の偉大さがわかって頂けたでしょうか。この神様の計画に従って、是非ともキリストによる救済にあずかってください!きっと最高の人生があなたを待っていますよ!ハレルヤ!!
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