あなたには家族がいますか?
あなたの家族は仲が良いですか?それとも不仲ですか?
現代の日本では離婚率が約35%にも上り、3組に1組の夫婦が離婚します。つまり、日本の全家庭のうち3家族に1家族が不仲であると言うことができます。これはかなり高比率です。日本には、家族の不仲で苦しんでいらっしゃる方々がたくさんいます。家族仲が悪いと、その家庭で生まれ育った子供は「将来の家族」に対して希望を持つことができず、結婚することや子供を持つことに躊躇するものです。また、家族というものは人間にとっての精神的支柱です。家族仲が良いと、人は精神的に安定するので、社会で安定した順風満帆な生活を送ることができます。しかし、家族仲が悪いと精神的に不安定になるので、社会で不安や悩みの多い艱難辛苦な生活を送ることになります。家族関係は私たち人間にとっての人生の基盤であるのです。何事も土台の存在が非常に重要です。土台が揺らげば、上に積み上げた全てが一気に崩れ去るものです。反対に土台が固くしっかりしていれば、上にいくらでも物を高く積み上げることができます。人生は土台によって大きく左右されるのです。ですから、あなたの人生は「家庭環境」に大きく左右されることになります。あなたの家族仲の良し悪しは、あなたの人生において非常に重要であるのです。
家庭環境の良い方はいいのです。しっかりした土台をお持ちなのですから。しかし、家庭環境の悪い方が不幸で、可哀想です。彼らの人生は常に揺れ動いているのですから。
本日、そんな家庭環境の悪いあなたにご紹介したいことがあります!あなたには「血のつながりをはるかに超えた最高の家族」を持つチャンスがあります!まだ遅くはありません!今からでも、あなたは幸せになることができます!!
その最高の家族とは「神の家族」です。
新約聖書エペソ人への手紙2章19-22節
こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、聖徒たちと同じ国の民であり、神の家族なのです。使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられていて、キリスト・イエスご自身がその要の石です。このキリストにあって、建物の全体が組み合わされて成長し、主にある聖なる宮となります。あなたがたも、このキリストにあって、ともに築き上げられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。
神の家族とは、つまり「キリスト教の神を信仰する者同士」のことを言います。実際的には、神を信仰する者が集まる共同体である「教会のメンバー」を指します。神の家族の絆は、血のつながりをはるかに超えます。「人間の血」は家族関係を良好にはしてくれませんが、「神」は私たちの間で働き、家族関係を良好にし、家族同士の絆を深めてくださるからです。神への信仰によって結び合わされた「神の家族」は非常に仲良しです。なぜなら「神の愛」がその関係性の根底にあるからです。神の愛とは、一言でいうなら「無条件の愛」です。
新約聖書ローマ人への手紙5章6-8節
実にキリストは、私たちがまだ弱かったころ、定められた時に、不敬虔な者たちのために死んでくださいました。正しい人のためであっても、死ぬ人はほとんどいません。善良な人のためなら、進んで死ぬ人がいるかもしれません。しかし、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死なれたことによって、神は私たちに対するご自分の愛を明らかにしておられます。
新約聖書ヨハネの手紙第一3章16-18節
キリストは私たちのために、ご自分のいのちを捨ててくださいました。それによって私たちに愛が分かったのです。ですから、私たちも兄弟のために、いのちを捨てるべきです。この世の財を持ちながら、自分の兄弟が困っているのを見ても、その人に対してあわれみの心を閉ざすような者に、どうして神の愛がとどまっているでしょうか。子どもたち。私たちは、ことばや口先だけではなく、行いと真実をもって愛しましょう。
新約聖書ヨハネの手紙第一4章7-21節
愛する者たち。私たちは互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛がある者はみな神から生まれ、神を知っています。愛のない者は神を知りません。神は愛だからです。神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちにいのちを得させてくださいました。それによって神の愛が私たちに示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた、互いに愛し合うべきです。いまだかつて神を見た者はいません。私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにとどまり、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。
神が私たちに御霊を与えてくださったことによって、私たちが神のうちにとどまり、神も私たちのうちにとどまっておられることが分かります。私たちは、御父が御子を世の救い主として遣わされたのを見て、その証しをしています。だれでも、イエスが神の御子であると告白するなら、神はその人のうちにとどまり、その人も神のうちにとどまっています。私たちは自分たちに対する神の愛を知り、また信じています。
神は愛です。愛のうちにとどまる人は神のうちにとどまり、神もその人のうちにとどまっておられます。こうして、愛が私たちにあって全うされました。ですから、私たちはさばきの日に確信を持つことができます。この世において、私たちもキリストと同じようであるからです。愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。恐れには罰が伴い、恐れる者は、愛において全きものとなっていないのです。私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。神を愛する者は兄弟も愛すべきです。私たちはこの命令を神から受けています。
神であられるイエス・キリストが「愛」とは何か、実際の行動を持って私たち人間に教えてくださいました。イエスの教えられる愛とは「自己犠牲の愛」です。自分の幸せを捨ててまで他者の幸福を追求することが本当の愛であるとイエスは言います。イエスは本当の愛を口先だけでなく、実際に実践されました。
私たち人間は罪人です。全ての人間は罪を抱えて生まれてきます。罪の報酬は死です。つまり、人間は罪の故に、死んだあと地獄に行く運命にあります。滅びる運命にある人間を救う為に、神であられるイエス・キリストが人となって地上にやって来られ、人間の罪に対する生け贄として、ご自分の身体を十字架の上に捧げられました。十字架刑に処されたイエスは、死に、そして三日目に復活され、天に昇り、神の右の席に座られました。イエス・キリストを信仰する者は、イエスの死と復活の故に、罪が赦されて、神イエスの御力によって永遠の天国へと導かれます。つまりイエスは滅びる運命にある私たち人間を救う為に、ご自分の命をも投げ出されたのです。これが本当の愛です。この「本当の愛」が根底にあるので、神の家族の関係性は良好となる訳です。
神であられるイエス・キリストは、地上におられる間、「血のつながった家族」ではなく、「神の家族」を非常に大切にされました。
新約聖書ルカの福音書8章19-21節
さて、イエスのところに母と兄弟たちが来たが、大勢の人のためにそばに近寄れなかった。それでイエスに、「母上と兄弟方が、お会いしたいと外に立っておられます」という知らせがあった。しかし、イエスはその人たちにこう答えられた。「わたしの母、わたしの兄弟たちとは、神のことばを聞いて行う人たちのことです。」
イエスは、神を信仰し、聖書の御言葉に従って人生を歩む人を、ご自分の家族であると言われました。イエスがご自分の母親と兄弟たちを知らないと言われたことは少し薄情に思えるかもしれませんが、イエス様はそれほど神の家族を大切にされたのです。
これらの話を聞き、あなたは「自分の家族」よりも「神の家族」を大切にすることに躊躇されるかもしれません。しかし、勇気を出して一歩踏み出す時、神様はあなたの一歩を大いに祝福され、あなたは最高の家族を手に入れることができます。次の聖書箇所を見てください。
新約聖書ルカの福音書18章28-30節
すると、ペテロが言った。「ご覧ください。私たちは自分のものを捨てて、あなたに従って来ました。」イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに言います。だれでも、神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子どもを捨てた者は、必ずこの世で、その何倍も受け、来たるべき世で、永遠のいのちを受けます。」
イエス様は、「血のつながった家族」よりも「神の家族」を大切にするとき「血のつながった家族」から得られるもの以上の良いものを得ることができると約束しておられます。この約束は必ず実現します。
神の家族は「神の愛」によって結び合わされた最高の家族です。あなたも「神の家族」の一員となりませんか。神の家族の仲間に入る為には、神イエス・キリストを信仰し、洗礼を受ける必要があります。神の家族の一員になりたいと思われた方は、一度お近くのキリスト教会へお越しください。神の家族があなたを待っています。COME&JOIN US!!!!!!!!!!!!!!!!
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